せっかく用意した料理とコップが2つ。それからセルシウスの天井板2枚その他もろもろの被害を出した大喧嘩が収束を向かえた。夜半から始まったそれは、明け方までおよび今はすっかり早朝の爽やかな空気に満ちている。
ユウナが帰宅すると、めちゃくちゃだった部屋は綺麗に片付けられており、朝食の支度まで整えてあった。これはギップルとティーダの反省の証だそうだが、厳密に言えば反省をしていたのはティーダばかりで、あのユウナ様があそこまで怒ったところを拝めてラッキーでしたありがとう!のお片づけであったと、後々教えられたユウナが、顔から火が出る思いに悶絶するのはもう少し後の話だ。
犬も食わないなんとかは家でやるように、とセルシウスを放り出された2人は、なんとなく無言のままに帰宅し、ゆるゆると食卓を囲む。
昨夜はこのテーブルを挟んで言いあいをしていたことを思うと、目の前に整然と並べられた朝食が少しだけ気恥ずかしい。「冷めちゃってるけど、食う?」
口火を切ったのはティーダの方。トーストもスクランブルエッグもベーコンも、火を入れたものは冷めてしまっているけれど。
「うん、たべる」
スクランブルエッグを一匙すくって、口に運んだ。ティーダもユウナにならってパンを齧る。
「・・・ごめん、な?」
先に謝られて、バツが悪かった。
ティーダの話も聞く耳持たないとばかりに大暴れしたのは、他ならぬ自分のほうだ、とユウナは思う。
怒鳴って、物を投げて、泣いて、なんて子供じみているんだろう。「ううん、私のほうこそ」
そう言ってはみても、心の中でわだかまりもあるのが本音のところ。
ギップルは「昔話」だと言ったけれど、それはそうだと納得もしないではないけれど、彼の過去へはどう足掻いたって飛んでいくことも出来ないし足跡をたどることも不可能だ。ザナルカンドなんて、遠すぎる。「・・・わたしにも、していいのに」
不意に、気持ちが零れた。
その日の気持ちで、どうにもならないところをぶつけてきてくれても、構わない。乱暴でも。
痛くても。
そんな彼が確かに居たのであったなら、そんな彼を知っている「誰か」が憎すぎる。
そこまで思い至って、胸の内の暗くてドロドロした部分が苦しくて、涙が出た。
「わ、わわわ、ユウナっだから違うって!」
恋人の様子に慌ててティーダが覗き込んだ。
「違うく、ないもの」
青の瞳から逃げるように顔を背ける。ユウナの態度に顔を曇らせたティーダは、手に持っていたパンを乱暴に皿へ戻すと大きなため息を一つつく。
「・・・ああ!もう!だから!」
「ええっ?きゃあっ」
苛立ちをそのままに立ち上がったティーダは、必要以上に勢い良くユウナを抱きかかえると大股で寝室へと向かい、恋人の華奢な身体を乱暴にベッドへ投げ出した。驚くユウナの顔も見ずにその両の手を拘束すると強引に胸元へ噛み付く。
「・・・っ!」
僅かな痛みに顔を顰めたユウナの目の前には、怒ったような表情の恋人の顔。
「こういうふうにっ!したら満足っ?!オレは嫌だからな!」
真剣なその表情に、今度はユウナが慌てる番だった。うまく言葉が出てこないユウナを置き去りにして、ティーダがまくし立てる。
「ぶつけるもなにも!オレがユウナにそんな気にならないっつの!毎日毎日毎日毎日!撫で回して舐め回して困らせたいだけだっつの!痛くも怖くもしたくないし!・・・いっ今したけど!だけどユウナにはじゅーうぶん!に!オレのエゴは押し付けてます!」
本当は舐め回して舐め回して舐めたおしてなんだけど!ともう一度念押しした恋人は、拘束していたユウナの手を離し「わかった!?」と詰め寄った。
「ザナルカンドでやってたことを、ユウナが聞いて嫌われないっていう保障がない!」
ただ、それだけの事ですぐには弁解出来なかったのだと嘆く恋人に、今度はユウナが「ごめんね」と謝ると、「キマリに聞いたとおり、見かけによらず頑固ッスね。ユウナと喧嘩はもうこりごり」と小さく笑う。昨夜から一睡もしていない身体は安心を取り戻した瞬間重たくなって、ささやかな笑い声は眠りの国へすぐにでも吸い込まれてしまいそう。泣いて腫れている瞼も重く、すぐ横には油断ならない愛しい存在が微笑んでいて、互いの指先に自分のそれを絡めた瞬間、2人はまどろみの世界へその身を投じたのだった。
「・・・次に起きたら、覚悟しとけよ?」
ゆるゆると眠りの世界へ落ちてゆくその時の、宣戦布告とも言えるその言葉が実行されるにあたり、彼にとんでもないことを言ってしまったのだとユウナが思い知らされるのは、もう少し後のことだった。
fin
ケンカをさせてください、とゴリゴリ頼まれたんです。(笑)
したってコレくらいのことだったよー!(私信気味)