「ごめん、ね?なんだか、よくわからなくなっちゃって」
「ううん、いいってば」
共同居住区にあるバーのカウンターでリュックとユウナは並んで座り、甘いホットミルクを仲良く啜る。時間は深夜をとうに越え、静まり返った空間に控えめの話し声も大きく聞こえてしまうほどだ。泣きすぎた瞼はどこまでも重く、声も少しだけ涸れてしまったと、ユウナが照れくさそうに笑う。
「さっきから何度か連絡きてるけど、ほっとく?」
おどけた口調で提案した。リュックにしてみれば早いところ仲直りしていただくに越したことはないけれど、ようやく寝所から出て来てくれたのだから彼女の気のすむ様にしたらいい、とだけ伝える。リュックの気持ちに「ありがとう」と微笑んだユウナの顔が少しだけいつものユウナに戻っているような気がしてほっとした。カップの中の優しい液体に小さなため息を落としたユウナの横顔に、今がタイミングだと見計らってもう一度訊ねてみた。
「びっくりしたよ〜、ケンカの理由って何だったの?」
あまり、深刻にならないように、いつもどおりに。
「うん、わたしもびっくりした。あんなに怒れちゃうんだと思って」
ユウナが肩をすくめてうふふ、と笑う。
「もう知らない!とか言ってコップ投げちゃった」
「やるぅ」
互いの視線が合って、今度は2人でうふふ、と笑うと、色違いの瞳が憂いを含んだ色に染まり、小さなため息と共に彼女の中の理不尽が零れ落ちる。
「あのね」
「うん」
「リュックは、気持ちをぶつける相手ってどんな人?」
唐突な質問に一瞬戸惑う。気持ちをぶつける、ということは相手に正直であるということか?さらけだすということでもあると言えるし、逆に相手の気持ちがわからないから当たってみる場合もあるだろう。一概に「誰それです」と言い切れる話でもないように思う。悩める従姉妹へそのままを正直に伝えたら、「そう、だよね」と曖昧だ。
「ギップルさんにね、ユウナって気持ちをぶつける相手じゃないんだよなって笑って言うの」
その言葉の主は言わずもがなティーダだろう。
「いつぅ?」
「・・・さっき。わたしが部屋に戻った後、2人でお酒飲みながら。台所に忘れ物して取りに行ったときに聞いちゃって」
瞬間、考えたらしい。
気持ちをぶつける相手ではないということは、それほど信頼されていないのではないだろうか。
自分は気持ちをぶつけるほどの相手でもないのかもしれない。「そしたらね、ギップルさんがザナルカンドではあったんだろ?って聞いたの」
「うんうん」
「・・・まあね、って」
そこから先はあまり覚えていない、とユウナは自嘲気味に笑った。
ザナルカンドでいて、スピラではいない。
ティーダとは確かに恋人同士で、後にも先にもないほどの大恋愛真っ最中だ。それなのに、自分以上の恋人がザナルカンドにはいたのだ、という結論に至り、喚いて泣いて詰って、あまつさえ近くにあった物まで投げつけての修羅場だったらしい。「恥ずかしいね」
顛末をそんな一言で括ったユウナがもう一度小さくため息をついた。
無言の2人に寄り添うのは飛空艇のささやかなエンジン音。大空を飛ぶ時のそれとは違い、規則性のある優しいものだ。その機会音に耳を傾けながら、リュックは次にどうやってユウナに声をかけようか考え続ける。ティーダにもギップルにも事の真相を聞いておく必要があり、と判断した彼女は、当分セルシウスでユウナを連れ回しても良いかな、などとも思い始めていた。
そんな時、天井からミシミシと嫌な音が聞こえたかと思うや否や、鉄板が一枚、音を立てて剥がれ落ちた。
「きゃあっ!」
「な、なによ〜っ!?」
「な に よ じゃ ないっつーの!」
捲れかかっているもう一枚の天井板を蹴り落し現れたのは、問題発言の主であるところのティーダその人だった。
スピラへの帰還を果たしてからしばらくの間、カモメ団の一員としてセルシウスの整備を担当していただけに勝手知ったるなんとやら、だ、と天井から降り立ったティーダがふんぞり返ってみせた。その口元には青あざがあり、リュックの渾身のグーパンチはだいぶ威力があったらしい。
「ちょっと!だったら通気口とかあるじゃん!天井捲るかな、普通!」
「だって非常事態ッスよ、こっちは。朝になったら何処に連れて行かれるかわからないだろ?」
そのものズバリ。
そうしてリュックを黙らせたティーダの右手はユウナの腕をがっちり掴み、彼女のその場からの逃亡を阻止している。傍目から見ていても明らかに居た堪れない表情のユウナは床に視線を落としたままだ。恋人のその様子に一度だけため息をついたティーダが、意を決したようにその顔を覗き込んだ。「・・・落ち着いた?」
いたわりを含んだ声音に、ユウナは僅かに頷く。
「話、聞くよな?」
諭すように言われては、頷かざるをえないだろう。
「あのさ、ユウナが誤解してる部分なんだけど、気持ちをぶつけるっていうのはさ、その・・・」
「もう、ハッキリ言いなよ」
平素の彼とはだいぶ違う歯切れの悪さに口を挟むと、「ああ、もう、リュックうるさいッス」とやけにキッパリ返してくる。この期に及んで何を言いよどんでいるのか、と茶化されてティーダは半ばヤケクソ気味に言葉を続けた。
「だから!ザナルカンドでのオレってね!なんかもうサイテーだったわけっ!その日の気分でっ、その・・・っなんだ!だから!」
「イロンナ オネエチャンヲ ダイタリシテマシタって、さっさと言えばいいんじゃねえ・・・・っか?」
「ギップルー!!」
ティーダの進んだ道をおっとり刀で追いかけてきたマキナ派のリーダーが、天井から飛び降りざまいともアッサリ言ってのけたのへ、ティーダが絶叫をもって出迎える。あまりのことに固まってしまっている女子2人は、ただただポカンとするばかりでこの後の対応策にティーダは一人頭を抱えたが、少なからず責任は感じているのであろうギップルがユウナへ近づき「昔話」とだけ言いシニカルに笑った。