不誠実と誠実
事の発端は何気無い会話からだった。
ティーダとユウナが共に暮らしだしてもう3年の月日が経とうかという頃である。
あまり暇とは言い切れぬであろう過密スケジュールに嫌気が差したギップルが、「暇だから」などと嘯いてビサイドまで雲隠れに訪れていた時だ。 ティーダの練習が終わるのを待って開かれた宴会は夕方から深夜まで続き、実にもならない話に付き合う必要はないから、と恋人の助け舟に乗る形でユウナだけがその席を離れた。後は、ギップルの気が済むまで酒宴に付き合う、その程度の話だったはずなのだ。しかし、結果から申し上げれば怒髪天をつく勢いで怒ったユウナが、家出という形で、よりにもよってセルシウスへ非難してしまっている。ただの飛空艇ならばいざ知らず、あの深紅の要塞には鬼軍曹が乗っており、ユウナが「うん」と言わない限り、こちらからのコンタクトは一切遮断という徹底振りだ。
ギップルが宴会をする、という連絡をしていたらしく、用事がすみ次第ビサイドへやってきたリュックが惨状を見咎めるや否や、猛烈な勢いでユウナを「格納」してしまった。お手上げとしか言う他はない。スピラへ帰還を果たしてこの3年。
愛してやまないユウナと、これといってケンカなどすることもなく、する必要もなく、ただただ幸せな毎日にどっぷり浸っていたというのに今の状況はなんだ?彼女が怒った原因も理解出来ない訳ではないものの、そこを言及されるに至れば痛む腹が己が身にあるのも確かで、出来ることならば可能であるならば、許してもらえるのならば!触れられたくは、ない。「・・・どうしてくれるんスか」
氷の入った袋を2つ。内1つは自分の頬へ当て、残りはギップルへ手渡す。床へ寝転がったままの姿勢をのろのろと起こし、手渡された氷嚢を腹部に宛がいながら 「や、悪ィ。まさかあんなに怒るなんて思ってもいねぇじゃねぇか」と苦笑した。
ユウナ、セルシウスへ格納後小一時間。諸悪の根源であるところのギップルへティーダは冷ややかな視線を投げつけつつ、発端をほじくりかえす。そもそもこの男が酔いに任せて訳のわからぬことで絡んできたのが悪い、と責任転嫁甚だしく大きなため息をついてみせた。
「絶対誤解してる、あの様子は」
穏やかで優しい普段のユウナからは想像もつかぬほどのご立腹。
「まあなあ、あそこの部分だけ聞いてたとしたら、誤解もされそうだな」
方やどこまでいっても他人事。
ティーダにしてみても、迂闊であったと反省せざるをえない話。ギップルだけが酔っていたと糾弾できる身の上ではないのだ。思い出すのは、耳まで赤くして硬く拳を握り締めたユウナが泣きそうになるのを必死に堪えている、そんな顔だった。
「ねえ、ユウナん?アイツから連絡きてるよ?どおする?」
リュックのベッドの中で頭からすっぽりとビサイド織のシーツに包まり、身体を丸めるようにして外界とのコンタクトを遮断している少女の背中へ控えめに問うてみる。従姉妹の様子に諸悪の根源らしいと勝手に判断したティーダとギップルへ、リュックは猛烈なパンチとキックをお見舞いし、怯んだ隙に彼女を攫ってきたまでは良かったものの、何故にあんなに大荒れに荒れていたのかがわからないままだ。ケンカなどしたことがないと公言して憚らない仲のよい2人に、一体何があったのだろう?
「ね、ユウナん?何かあったかいもの飲む?」
答えはなく、仕方なしに部屋を出た。飲むか飲まないかは別として、ホットミルクでも淹れてこようと思ったからだ。共同の居住区へ行き、カウンター内に入り、支度をする。ミルクパンを火にかけて、沸騰直前を見極めるべく鍋肌に視線を落とした。
そして、ユウナを想う。
人の気持ちにばかり気を配って、自分のことは二の次三の次。
それは彼女が、父親であったり、母親であったり、それ以外でも近しい人との悲しい別れを幾度か経験してきても、それを「理不尽だ」とは思わず「誰かのために」何をしようか、と考えてしまうからだと思っていた。自分ならばそんなこと、我慢できずに泣き喚いて世の理不尽に怒りをぶつけてしまうだろう。そう、「召喚士になる」なんて選択肢は間違っても、ない。それだというのに、今夜のユウナはどうしたものか。
アルベドの幼馴染がビサイドのティーダ邸へ遊びに行くという。都合がつけば来ないか、と誘いを受けて二つ返事でそれに応じた。ただしやりかけの仕事が残っており到着は遅くなりそうだ、と返事をしたことを今でも悔やむ。そんな楽しそうな話には一直線に食いつくべきであった。
おかげで理由もわからないままじりじりとした時間を過ごす羽目になっているではないか。
それでもできうる限りの迅速さをもってしてビサイドに到着し、久方ぶりの地上へ乗組員全員を降ろすといそいそ海岸へ舞い戻り、入り江に浮かぶ彼らの家へ向かったというのに、ドアを開けてみたら宴会はおろか楽しげな雰囲気もなく、大好きな従姉妹と大好きな彼女の彼が凄まじい言い合いをしていたのである。
「だから!そういう話じゃないんだって!」
「違う違う!キミの言ってるのはそういうことだものっ!」
「話聞けって!さっきのはユウナが考えてるようなことじゃなくて!ああもう!頑なっ!」
「やだ!近寄らないでっ!」
ユウナが用意したのであろうご馳走が並ぶテーブルを挟み、恋人達は合戦さながらの様相を呈し、その様子を少し離れた場所から面白そうに見ている眼帯の男がいた。止めるでなく、宥めるでなく、諌めるでもない幼馴染のあり様がリュックの逆鱗に触れたのは致し方ない。
「ユウナん!帰るよ!」
「のあ!?リュック!帰るってどこに・・・っ」
足音も高らかに恋人達の間に割ってはいったリュックは、有無を言わせぬ勢いでユウナの腕を掴むと彼女の身体をなかば引きずるように外へ放り出した。追いすがるティーダの左頬に渾身のグーパンチを食らわせ昏倒させると、その展開に転げまわって笑うギップルの腹へ盛大な踵落しを見舞ってやった。追っ手をつぶした後はもう、砂浜に座り込んでいるユウナを介抱するだけだ。リュックの登場で一気に気が抜けてしまったらしいユウナを、とりあえずセルシウスにある自室へ連れ込んだまでは良かったが、もそもそとベッドの中へ潜り込んだが最後、先刻の状態に至るという訳だ。
「ん、できた、と」
鍋肌をミルクの泡がちりちりと立つ。その瞬間に火を止めて、普段より多めに蜂蜜を入れた。話までは出来なくても、これを飲んで身体の緊張さえ解ければ朝までぐっすり眠れるだろう。そうだ気晴らしにルカでパーっと遊んでもいいし、スフィアハントに誘っても良いかも。
そんな風に思いを巡らせているリュックの元へ、ベッドで篭城していたユウナがようやく現れた。