他の誰でもない。誓うのは、君に―――。
ずっとずっと一緒に
『夢ならば、早く覚めてくれ』―――あの時幾度そう思ったか
『夢ならば、覚めないで欲しい』―――この4年間、幾度そう願ったか
今自分が立っているのはベベルの、『あの時』乗り込んだ舞台そのもの。
頭上ではスフィアカメラが忙しそうに飛び回り、花嫁を待つ自分の背後には『関係者のみ』の列席者だと聞いたのに、その事実を疑ってしまいそうになるほどの笑顔で埋め尽くされている。
思い出の地ビサイドでひっそりと式を挙げようと思っていたというのに、あの少々おせっかいなアルベドの少女とその一味が画策して、こんなにも盛大なものになってしまったではないか。
ティーダは心の中でそう呟いて小さく笑ってみせた。
・・・この地、この場所に『いい思い出』があるのかと問われれば『否』と即答出来る過去がある。
自らの意思でとはいえ、愛しい少女が自分以外の男と挙式を執り行いそうになったのだ。
思えばあの時、自分の中で確固としたものが出来上がったのろう。ぐちゃぐちゃだった気持ちも
踏み切れなかった想いも
逸らし続けた視線も
「君にしては珍しく緊張してるみたいだね」
不意にかけられた涼しげな声にティーダはいつの間にか俯いていた顔を上げるとそこには、真エボン党の議長が愉快そうに笑っていた。
エボン式の正装に身を固めたバラライが式場側を代表し今日の誓いの儀式をと執り行うのである。
普段は『折り目正しく』をウリにしているくせに、今回に限ってはノリノリでリュック一味に加わったらしい彼(か)の人にティーダは少々恨みがましい視線を投げつけながら小声で抗議の言葉を呟いた。「・・・緊張するでしょ、なんだよ、これ・・ハデすぎねぇ?」
今日の式の模様は、いまだ頭上をやかましく飛び回っているカメラでスピラ全土へ配信されているに違いないのだ。
「これでも控えてみたんだけどな」
「・・・よく言うよ」
相変わらず喰えない笑顔でぬけぬけとそんなことを言い切る友人にティーダはため息をついてみせるしか他なく
「ほら、カメラがこっちを映してるよ大スター?」
つい条件反射で指差された方角へ笑顔を向けてしまう自分も情けなく
「・・・ユウナ、まだッスかねぇ・・・」
思わず零れ出たその本音に、バラライが苦笑したその瞬間会場に音楽が鳴り渡った。
「うわ・・・っ」
大音量に肩を竦めたティーダへバラライが耳打ちをする。
「ほら、花婿殿・・・いらしたよ?」
振り返る
長い長いヴァージンロード
両側を埋め尽くす笑顔と拍手
そして
そして
その先には・・・ユウナ
「・・・うわぁ・・・オレ、これが夢だったら嫌だなあ・・・」
呟いたのは、何度目の願い?
抱きしめるたびに
口づけるたびに
月明かりの中で見るユウナの寝顔に泣きそうになりながら
幾度も
幾度も『そう』願って
もしも、もしも今の幸せが一瞬先で消えてしまったなら、もう二度と立ち上がれない
一歩一歩ゆっくりと、参列者と笑顔を交わしながら近づいてくるユウナの美しさは、それこそまさに夢のようで、だからこそ、口をついて出るのは『素朴な疑問』。
「なあ、ところでなんで花嫁の両側に『父親役』がいるわけ?」
夢のように綺麗なユウナの右側にはもうすでに泣いているらしいワッカと、花嫁を挟んで左側には得意気な顔で参列者へ手を振っているリュックの姿。
自分の背後で笑いを噛み殺しているらしいバラライが、笑い出しそうになるのを必死に押さえつつ新郎へ状況を説明しだす。
「『自分がする』って言って譲らなかったんだよ」
両親がいないユウナを、時には父になり、兄になり守り続けてきたと言い張る『ブリッツバカ』と、ユウナを思う気持ちは誰にも負けないのだと言い張る『ユウナ至上主義者』の戦いは熾烈を極め、困り果てた花嫁から出された妥協案が『両側にエスコート』という今の状況を生み出したらしい。
「・・・ぶ、くく・・・ごめ、オレ、笑いそうなんスけど・・・・っ」
どんな時でも『彼ららしい』のが嬉しくて
「だめだよ、僕だって我慢してるんだ・・・う、裏切るなよ?主役なんだからね・・・」
裏切るつもりなんて微塵もないけれど
「だ、ダメだっつの・・・ぐ、ぶくっ・・・だって、ワッカ、あ、あれ・・泣きすぎ・・くくく」
感極まりきっている兄の姿が可笑しくて
「・・・っく、笑うなって・・・ティー・・」
そして、厳かな雰囲気で執り行われるはずの結婚式は、花婿とエボン党議長の大爆笑で開始されたのだった―――。
「うへぇ〜〜〜!疲れたあ〜〜〜〜!」
前人未到の挙式が終わり、関係者だけで楽しんだガーデンパーティーも一段落。
いまだお祭り騒ぎは収まる気配もないけれど、騒ぎの中心で揉みくちゃにされていた新郎がぐちゃぐちゃにされたままの格好で花嫁の許へ帰ってきた。「おかえり・・・お酒いっぱい飲まされてたね?」
「いや、あれくらいは全然平気」
『一応』と据えられている新婦の席に座り微笑むユウナにティーダは満面の笑みを向けた。
隣へ腰かけ、それでもため息を一つ。
「ユウナ?」
「なあに?」
あの頃から変わることのない彼女の笑顔
「結婚、したッスね」
だけど今日だけは、真正面から捉えるには少しだけ恥ずかしくて
「そうっすね」
小さな答えに照れたような笑顔で頷いたティーダが、青空へ響かせたのは紛れもない『約束の指笛』。
どうかどうか、この誓いが異界にいる父母にも届けと、そう願いながら―――。
「ずっと、ずっと、一緒だから。ユウナに誓うッス」
ぐちゃぐちゃでヨレヨレの新郎のその一言に、ユウナはこの上もなく幸せそうな笑顔を浮かべて大きく頷いたのだった。
fin
『happiness』を読んでからこちらを見ていただけると嬉しいです。(^−^)