<アシタカラ イッシュウカン ルカ ニ イク>

 その思いがけない情報は耐え続けてきた理性をバラバラにしてしまう威力を十分備えており、明らかに様子がおかしいユウナを心配そうに覗き込んだワッカを突き飛ばす勢いで部屋を飛び出しティーダの元へ向かっていた。

 どうして?

 どうして?

 一緒に居て、話す時間もたくさんあって、なのにどうしてそんな大事な事。

 疑問符ばかりが心を占領し、どす黒いものが澱の様に胃の腑へ溜まる嫌な感覚に苛まれ、それへ比例するかのようにふつふつと湧き上がる怒りはどうにも抑えることが出来ずに、自然、行動に返ってくる。
 そう遠くはない恋人の住まいへ向かう足取りは速く、ツカツカと鳴り響く足音は高圧的だ。
 時折すれ違う村人はそんなユウナを不思議そうに眺めていたし、後方からワッカに呼びかけられた気もしたけれど振り返りもしなかった。

 怒ったのだ。

 どうして、どうしては繰り返される。

 胃の腑に満ちた澱は形を変えて、そんな自分を嘲笑してる。

 嫌だ、と頭を振れば嫌なものは尚も笑いながら矮小な存在たる少女へ囁くのだ。

 

 

 『ルカ 二、イルノデハナイノカ?』と―――――――。

 

 

 「好きな・・・人・・・」

 宿舎は目と鼻の先。
 広場の中央で立ち止まり、思わず零れ出た一言に背筋が凍る。

 そんなわけはない。

 出来るはずなどない。

 

 彼が、自分以外の女性を好きになることなど。

 

 視界が揺れて、立っていられなかった。
 黒い不安は口に出してしまったが最期、大きく膨れ上がる一方で落ち消すことなど出来はしない。

 「・・・だめ・・・しっかり、するの」

 そう、我が身に檄を飛ばし、目指す恋人の住まう宿舎へ足を踏み入れる。
 もしも、もしもそんな事が本当に起きているとするならば、その時自分はどうしたらいいのだろう?

 「あれぇ?ユウナ?どうかした?」

 少女の葛藤など関係ないと言わんばかりの恋人は、一番奥のベッドの上でその身をごろりと横たえ笑顔で手を振っていた。

 

 

 

 

 

 「・・・おふろ、行ってきたの?」

 起き上がり、ユウナを出迎えた少年の髪が濡れている事に気がつき、本題から逃げるように問いかける。

 「ああ、うん。ユウナの部屋出てすぐに。さっき帰ってきたとこッス」

 「・・・そう」

 澱が、凝った。

 先刻帰宅したというのなら、それまでは寺院にいたのではないか。
 身一つでスピラへやってきた彼には所持品も少なく、食べること・入浴することを寺院で賄っているからこそ、ベッドしかないこの宿舎での生活もなんら支障がないわけだけれど・・・でも。

 「・・・あのね?」

 「うん?ユウナ?どうしたんスか、座れば・・・・」

 「ワッカさんに、聞いたっ」

 入浴後の彼の香りに目眩がして

 「ワッカに?何を?」

 濡れている黄金の髪が眩しくて

 「ルカ・・・ルカに行くって・・・明日から・・・・」

 視線を合わすことが出来なくて、思わず俯いたその先を追い詰めるように現れた青い宝石が

 「やだ」

 「へ?やだ?!ってユウナ?!」

 「やだやだやだやだやだやだやだやだ!!」

 「ユウ・・・っおわぁっ!!」

 差し伸べられた手を振り払った勢いそのままに、恋人の逞しい身体を床へ叩きつけるように押し倒す。

 「ユウナ・・・・っ?!・・・・っん!」

 首筋へ噛み付くようにキスをして、強く強く吸い上げた。

 「ユ・・・ナ、・・・っは、う・・・!」

 痛みの後に残るのは赤い赤い『所有印』。
 首筋だけでは収まらず、鎖骨を舌でなぞり、Tシャツをたくし上げ胸元にも大量に。

 お日様の香り。

 蜂蜜色の髪。

 青い瞳。

 甘い声。

 たとえ彼が自分以外の誰かを選んだとしても、触らせるなど、口付けるなど、どうして笑って許せるものか。

 「ちょ・・・っタンマ!!ごめん!ごめんなさい!!」

 無理矢理に引き剥がされて、抱きすくめられた。
 久方ぶりに間近に感じる匂いに魂が還ってきたような錯覚さえ覚える。
 ベッドとベッドの間の僅かな空間になだれ込むように押し倒した彼の胸に頬を寄せそこでようやく落ち着くと、恋人が少しだけ震えていることに気がついた。
 『ああ、そういえばお風呂上りだったんだ・・・湯ざめしただろうか』
 などと、今更心配になって顔を上げるとそこには、実に楽しげに笑いを噛み殺しているティーダが居たのだった。

 

 

 

 

 「だってさ、いつだってユウナに触れるの、オレからじゃん?」

 己の暴走劇に居た堪れなくなりその場から逃げようと必死になっている愛しい存在を腕の中に閉じ込めたまま、じつにしれっとそう言い切った恋人は、ひとしきり笑うと満足したのかユウナを抱きかかえたままベッドに座りなおす。

 「そ、それは、だって、キミが・・・っ」

 ささやかな抗議の言葉は紡ぐたびに彼の唇で塞がれて、思うように伝わらない。

 「オレばっかりユウナのこと、好きみたいじゃないッスか」

 口づけて囁いて、栗色の髪をいたずらに弄びながら、そんなこと。

 『自分ばかり』だなんて、どこをどう考えたらそういう結論に達するのか。

 彼がいない日々、一時たりとも忘れることなどなかったというのに・・・。

 そう、言いたかった。

 強く強く思う。

 けれど、抱きしめられたままの温もりが、優しい青が、甘い吐息がそのすべてを飲み込んで、言の葉を紡ぐことすら叶わないではないか。

 「・・・ひどいっす」

 「ごめんごめん。ユウナも、オレに触りたいのかなって思ったら、つい」

 口では『ごめん』などと言っておきながら、それでも悪びれる様子もない笑顔が憎らしい。
 自分の方が、などと。
 そんなこと。
 それは、貴方の台詞ではないでしょう?

 「いっ・・・いろんなことっ考えちゃったのに・・・っ」

 怖かったのに。

 怖かったのに。

 「いろんなこと?」

 意地悪。

 意地悪。

 「も・・・いい・・・・誰にも、あげないんだもん・・・・っ」

 それだけ、告げて。

 すぐ傍で輝く青い瞳は甘ったるくて、その甘さに溺れそうになってしまうけれど、それでも。

 「もう、キミの事に関して諦めたり、納得したりしないって、決めてるの」

 それがたとえ、自分独りのワガママだったとしても。

 「・・・ユウナってば、変わったよな、やっぱり」

 「・・・そう?」

 「うん」

 大真面目な顔で頷く恋人をまじまじと見上げ、少しだけ笑う。
 けれどその笑顔も次の瞬間には凍りつくことになったのだ。

 「だってさ、昔のユウナだったら、ぜえええったいに!コンナコトしてくれないッスよ?」

 「・・・・こんな、こと?」

 意味深に笑うティーダの顔から胸元へ視線を降ろす。

 「・・・・・・・・・・・・・・・っ!!」

 「いやー、これは隠せないッスねぇ。困りましたねぇ。ユウナってば丸見えのところばっかりに付けるからぁ」

 「やっ・・・・やだぁ・・・・・っ」

 明日からルカへ一週間。

 真っ赤な顔で俯いてしまった恋人にそれはそれは優しく微笑みかけながら、いたずらな恋人はこの後の展開を思い小さく笑う。

 「ユウナの禁断症状は激しいッス」

 愛しい存在をそっとベッドへ横たえながらそう呟いた彼の人は、この上もなく幸せそうだった。

fin

 

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