触れて欲しい
いつの間にかそんな風に思っている自分に驚く
笑顔を見る度に、言葉を交わすほどに欲求は強くて、困る
触れたい
そう思うのは・・・いけないことですか?
禁断症状
「美味しかったッス!ごちそうさまでした」
テーブルの上で空になった皿を前に、満足気な表情の恋人が自分へ向けて手を合わせて見せる。
「上手に出来てた、かな?」
多分、料理の腕に関しては自分よりもはるかに上であろうその人へ遠慮がちに尋ねれば、ごくごく自然な動作で食器を重ねていた手を止めて大きく頷きつつ賛辞の言葉。
「ユウナすごく上手になったッスよ」
「・・・よかった!」
自然に、笑みが零れた。
こんな、他愛ない時間がとても幸せで少しだけ可笑しい。
お褒めのお言葉の余韻に浸っていると彼があっという間に後片付けをしてしまうから、ささやかに制止の言の葉をかけて立ち上がる。
食事の度の押し問答。
『後片付けを手伝う』と言ってきかない恋人に、その行為もまた自分にとっては幸せの時間なのだから奪わないで欲しいと説明するのに3日間。
諦めの悪い少年はその都度『なんでー?』だとか『一緒にしたい』だとか仰ってくださるけれど、そんなことは気にしない。とにかく、『今』は自分で何でもしたいのだ。
「じゃあ、オレ帰るよ」
「・・・っえ?!」
片付けも終了し、これからゆっくりしようと思っていた矢先の一言に考えるよりも先に声が出た。
玄関先で不思議そうにこちらを窺う青の瞳に先刻の己の発言が甦り、怒涛の勢いで押し寄せてきた羞恥の波に全身が熱くなる。そんな。
あんな声。
あんな顔。
(まるで・・・誘ってるみたいだよ・・・)
ティーダは台所で俯き赤くなっている恋人を嬉しそうに見つめ、それでも『なんでもない』という素振りで手を振り『おやすみ』と告げて出て行った。
「・・・おやすみなさい」
ドアが閉まる瞬間、外の世界に垣間見えた大好きな笑顔にそう言うだけで精一杯。
耳をすませば石畳の上を歩く彼の足音が聞こえて、零れ出たのは小さな溜息一つだけ。「・・・キスくらい、して欲しかった、な・・・」
知らず口をついて出た言の葉に、己で気がつきハッとする。
再び熱を持った頬を両手で押さえ、片づけが終わったばかりの部屋の片隅にしゃがみこんだ。『キスをして欲しかった』と、確かにそう思った。
そんなことそんなことそんなこと。
そんな、恥ずかしいことを、それ以上すら望んで。
「や、やだやだ、だめっす!うううう!」
それ以上の事まで脳裏に浮かぶものだからますます心臓の鼓動は早くなり、顔から火が出るかと思うくらいの熱が頬を覆ったままの両手に伝わる。
ビサイドに帰ってきてからは平穏な日々。
2年前、この身を委ねていた安寧の日々とは違い、目まぐるしく変化する生活に置いていかれない様に必死になりながら、それでも幸せでたまらない。
時間が、急速に動き出したような気さえした。
あの日々は止まっていたのだと、痛いくらいに感じた。
追いかけて追いかけて、手を伸ばして、手を伸ばして、わがままを言って、どうしても諦めきれなくて、そして、その果てに手に入れた『彼』はあの日の彼と少しも違わなくて、嬉しかった。シンのいないスピラをスフィアハントをしながら巡り、セルシウスを降りて南国暮らし。
ビサイドでの生活はといえば、以前とまったく変わらぬゆったりとしたものだったけれど、とにかく時間さえあれば一緒にいたし、『タガが外れました』といって憚らぬ恋人は人目も気にせず口付けてくることさえあったのだ。
その度に赤くなったり怒ったりもしたけれど、彼からされるそれは嫌なもののはずはなく、かえって幸せだと思ってしまうのだから始末に終えない。召喚士を辞めて、スフィアハンター。
そのスフィアハンターも廃業して、今はただの村娘。
あの頃の自分へ『召喚士を辞めた』などと言ったら、きっと混乱して倒れてしまうかもしれない。
そう言って笑い合ったのは、つい昨日のこと。
『ただの村娘』になった自分の恋人は奇跡の復活を遂げた後、『召喚士のガード』でもなく、『スフィアハンター』でもなく、『ビサイド・オーラカのエース』になった。
あの日。
初めての試練を受けていたあの日、突然海に現れた少年は驚くべき速さで万年最下位チームだったビサイド・オーラカを優勝までに導き、伝説を残して姿を消した。
そのスタープレーヤーが復活したのだ。
『ティーダ復帰』の報を聞きつけたヘッドハンターが大挙してビサイドを訪れ、ちょっとした騒ぎになったものの、当の本人はいたってアッサリと『オーラカに所属するから』
と言ってのけ、関係者を大いに落胆させた。
事前に『好きなチームでプレイするといい』などとワッカに言われたらしいが、答えはもう決まっていたらしい。
生活の場を飛空艇からビサイドへ。
ただの村娘な自分は恋人の世話をすることに幸せを感じ、オーラカのスタープレーヤーな彼は来シーズンへ向けて練習の日々。
子供が生まれたばかりということもあり、ワッカの家に居候はしないと言い切った恋人は、村にある宿舎を仮住まいとしていたが、文字通り『寝に帰るだけ』の有様で、練習が終わると一目散に寺院にやってきて、手付かずで残されていたユウナの部屋へと直行していたものの、帰還後間もない人気者への来訪者は後を絶たずようやく2人きりになれたと思う頃には『おやすみなさい』の時間なのだ。再会を喜ぶ客足も途切れ、久しぶりに夕刻からずっと2人きりの日。
だから、正直期待していなかったと言えば、嘘だ。
けれど、そんな気持ちを悟られたくなくて、普通に振舞った。
でも、もう限界かもしれない。『何もされない』ということは、『自分も彼に触れていない』という事実でもあるのだから・・・・。
コンコン。
不意に訪れたノックの音に『彼』だと思った。
高鳴る胸がそれを確信に変え、足は自然と駆け出した。
しかし、そこに立っていたのは愛しい恋人の姿ではなく、兄のように慕うワッカの姿だった。
「遅くに悪ぃな。アイツ、いるだろ?」
さもユウナの部屋に居るのが当たり前だというようなワッカの態度が少しだけ恨めしくて、『さっき、帰ったよ』と伝えるだけで精一杯。
「ええ?!そうなのか?今日はずっとここに居るだろうと思ってたんだけどなあ・・・」
「・・・『今日は』・・・って、どうして?」
言い回しがひっかかる。
「お?おう。ほれ、急に練習試合が決まっただろう?明日から1週間ほどルカ行きだし、確認してぇこともあったからよ・・・・って、ユウナ?・・・もしかして、知らなかった・・・とか?」
<アシタカラ イッシュウカン ルカ ニ イク?>
頭の中で、何かが外れる音がした。