「あー!もう腹いっぱいッス」
どさりと座り込むティーダ。
2人でコッソリ抜け出した先は、ビサイドの石碑の立つ『旅の始まりの』場所。3年前、ティーダはここでワッカと『旅の無事』をなかば無理矢理祈ったことがある。
眼下には、いまだお祭りが続いているであろう村の明かりが見えたけれど、主役が抜けていることにさして問題はないらしい。ユウナもティーダの隣に腰を下ろし、愛しい青年の横顔を見つめる。
「ワッカってばさ、もう入らないっつーのに『喰えー喰えー!』てさ。牛じゃないっつーの」
くるくると表情を変えてははにかんで笑う以前と少しも変わらない彼の姿に、自然笑顔になった。
何も言わないユウナに気がついて、ティーダが少し心配そうに覗き込んでくるまで、『彼』だけを見つめ続けていた。「ユウナ?」
気遣わしげな声。
この声も、覚えてる。
あの日々の中、幾度も、幾度も。
「あのね・・・?手・・・・握っても、いいかな?」
願っても決して言の葉には出来なかった事。
「もちろん」
ユウナの少し、小さく控えめな声にティーダは安心させるように笑いかけながらそっと手を握る。
この、白くて華奢な手が、今までの過酷な旅を乗り越えてきたなんて誰が想像できるだろうか。
小さく笑って、ユウナが呟いた。「初めて手をつないだの・・・マカラーニャの森でだったね・・・」
「うん」
握り合う手に、少しだけ力をこめた。
「いっぱい、あるんだよ?キミの知らないこと・・・」
「うん」
神妙な顔つきのティーダを悪戯っぽい微笑で覗き込み、ユウナは後を続ける。
「好きな人も出来たしね」
「・・・・・・・・・・・・・・・っうそ?!」
思いがけない告白に、つい先刻齎された空白の時間が頭を過ぎったティーダが思わず大きな声をあげたのへ、盛大に呆れた表情を作って見せたユウナがぽつりと、
「キミ以外誰がいるの?」
とこぼす。
「ぅあ、そ・・・そうッスね・・・」
思わず大声を出してしまったティーダが可笑しくてどうしようもない。今目の前にいる愛しい人以外に、一体誰を好きだと思ったのだろう。
可笑しくて、愛しくて、その気持ちは笑い声になって星空に響く。「も〜〜〜!ユウナ〜〜!!」
情けない声をあげる恋人に、もう ずっと言いたかった一言を告げる。
「嘘つきは・・・キミ・・・・」
「・・・・・・・・っユウナ・・・・・・・・・・」
「でも、私も嘘つき。あの時、キミに何も言わなかった・・・」
『あの時』。
3年前の、『あの時』。
飛空艇から飛び立つ彼に、何も言わなかった自分。
『行かないで』
心は張り裂けんばかりに、そう叫んでいるのに動かしようがない現状に、納得して、諦めた自分。
そのくせ、完全に諦めることはできなくて、2年間還ってきてくれるその日ばかりを願ってやまなかった自分。
後悔ばかり先に立った。
『あの時』こう言えばよかった、ああすれば彼は助かったのではないだろうか?
答えの出ない問いかけは、来る日も来る日も自分の心を締め付けたのだ。
「キミが、私にしてくれたように・・・できる限りのことを、足掻いて、足掻いて、伝えて・・・それから・・・」
最早、自分が今何を言っているのかわからないけれど・・・。
それでも、俯いたまま愛しい人へ言葉を紡ぐ。
もう、2度と伝えることは出来ないと思っていた人へ。
「オレ、ユウナが生きていてくれて、嬉しいッス」
「え?」
顔を上げたユウナに優しく口づけして、ふわりと微笑んだティーダは幾分力を込めて言う。
「ユウナが、生きてるのが嬉しい」
急に、目の前の愛しい人の輪郭がぼやけた。
自分の涙腺から涙が溢れてそうさせているのは理解できるけれど、もしかしたらこのまま彼が消えてしまいそうな気がして慌てて抱きしめる。
違う。
違うの。
私は、キミに生きていてほしい。
いつまでも、太陽のように輝いていてほしい。
どうして、そんなことを言うの?
「ばかだよ・・・っ」
一言そう言うのが、精一杯。
嗚咽まじりにティーダを見上げて、それでも、これだけはどうしても言っておかなければ、と本能が叫ぶ。
「もう、どこにも行かないで」
2年分の、想い・・・。
レンがシューインに伝えられなかったように、自分にも彼に伝えることができなかった想いがある。
堰を切ったそれは激情となって、ユウナだけではどうしようもなくなるほど身体中を駆け巡った。
そんなユウナを力強く抱きしめて、あやすように背中をさするティーダは、それでも決然と言い放つ。「どこにも行かない。ユウナから、離れたりしない」
たとえユウナがオレのことキライになってもね。
そう言って笑う太陽の化身に、そんなことはあるはずもないのに、と強く想う。
ユウナを安心させるために、彼女の背中を優しくさする手の温もりに、やはりこれは夢じゃないんだと実感出来ることがこんなにも幸せで。
「ユウナ?今日はもう休もう?部屋まで一緒に行くから」
気遣わしげなティーダの声に、反射的に首を横に振っていた。
するとティーダは、困ったような、嬉しいような、それでいて少しだけ泣きそうな顔をしながら、ユウナから視線を逸らして星空を仰ぐ。「ど・・・したの・・・?」
バツが悪そうなティーダは、言いにくそうに口元に手を当てながらそれでもユウナの視線から逃れて言い訳を。
「いや・・その・・・オレも男だし・・・あの・・・ユウナ可愛いから・・・・・」
ごにょごにょと歯切れの悪い彼の言葉を理解するのに、そう時間はかからなかった。
華のような艶やかな微笑をたたえて、彼にキスをする。「・・・・・・・・・もしかして、誘ってるッスか?」
「うん」
「えええええっ?!」
思いがけない即答にティーダがあきらかに動揺した。
星明りの中でも、赤くなっているのがハッキリとわかるティーダの顔。
こんなにも慌てている彼を知っているだろうか。
いつでも自分を安心させるように微笑んでいてくれていた。
だから、嬉しい。
これからは、もっと色々な彼が、在る。ユウナは勢いをつけて立ち上がると、その手をとって飛空挺に向かって歩き出す。
もう、どんな時でも離すつもりなどないのだ。
強く握りしめた手はそのままに。
だけど、少し恥ずかしいから先を歩いて・・・。
『信じられない』なんて言葉は、使いたくないの。
これからはずっと、どこまでもキミと一緒に・・・・・・・・・・・。
fin
リュックに文句言われたスグ後のお話です。(笑)